テレビ記者を38年やってました。廣瀬祐子です。きょうは2001年から2009年まで取材していた防衛庁(その後防衛省)時代の忘れられない「耐重力訓練」の思い出について書こうと思います。
敵基地攻撃論議から訓練へ・・・?
2004年、国会では北朝鮮の弾道ミサイルへの対処として、発射基地を自衛隊が先に攻撃する、いわゆる「敵基地攻撃」について憲法違反か、それとも専守防衛の範囲内なのか神学論争的議論が延々展開していた。その国会中継を聞いていた航空自衛官が言った。「法律が通ったとしても今の航空自衛隊にそんな対空攻撃能力はないのに…机上の空論ですよ」
彼はそもそも戦闘機のパイロットがどんなG(重力)に耐えて訓練をするのか国会議員はそれもわかっていないと言う。いまでこそ「トップガン マーヴェリック」等の映画でパイロットのGに耐える姿を見る機会があるが、当時はあまり知られていなかった。
「どんなG(=重力)なんですか」
「…体験してみます?」
「え?ええ、まあ…」
敵基地能力論議に端を発して、私はなぜか戦闘機のパイロットが受ける耐G訓練を体験することになった。場所は航空自衛隊の某基地。遠心分離機のチェンバーがある施設だ。高速で回転するカプセルの座席に座って遠心力で重力を発生させる仕組みである。
地球上で日常生活を送る時、我々は体重と同じ1Gの重力を受けているが、戦闘機が上昇したり旋回する時にパイロットは体重の2倍の2Gや3倍の3Gの重力を受ける。急旋回の場合は6G、体重の6倍である。
訓練はGスーツと呼ばれる体全体を絞めつけて圧力を加える特殊な服を着て行われるが、重力がかかると視界が急激に狭くなり、時折ホワイトアウトと呼ばれる意識喪失を伴うこともあるという。事前に訓練を録画した映像でめまいを起こし気絶するパイロットの姿を見る。
「これは10Gの時です。廣瀬さんにはそこまでやりませんし、身体状況を確認しながら進めますので心配しないでください」
「はい…あの10Gが最高ですか?」
「11Gは墜落時のGです。墜落する時は死ぬだけですから訓練は要りません」
「…」
航空自衛隊からは訓練日までの2週間の間、毎日筋トレと陸上を走って準備運動をしておくように厳命を受けた。また腹筋に力を入れて息を小刻みに吐く呼吸法もマスターするように言われる。私は忠実にいいつけを守り、2004年9月、訓練取材の日を迎えた。
初めての耐G訓練@航空自衛隊基地
私は航空自衛隊の基地内にある遠心分離機のチェンバーに耐Gスーツを着て座った。
カメラマンが私の映像が見えるモニター室に三脚を置いてカメラを設置する。巨大な遠心分離機がぶんぶん回るのだが、速度が上げるにつれて重力も上がっていくという仕組みだ。チェンバー室内にはカメラマンは立ち入ることができない。別室の指令室(=モニター室)で私の様子をモニター画面ごしに撮影する段取りである。
「だんだん息が苦しくなるのでお腹に力を入れて呼吸してくださいね」と航空自衛官。
「了解です。あの~例えば2Gとか3Gの時に右腕をあげて『右腕を上げるにもちょっと上げにくいです』とか動かしながらレポートしてもいいでしょうか?」
座席の状況を最終確認していた自衛官がふっと笑った。
「いいですよ~できるならね」
「え?どういう…」
「あと言っておきますが、重力がかかるって事は顔にも重力がかかるって事ですからね」
「え、顔にも?それってどういう…」
バタン!彼が出ていき、扉が無情に閉められた。
「はい、これから訓練を始めます。1Gから徐々に上げていきます。これ以上は無理だと思ったら右人差し指の下にあるパネルを軽くタッチしてくださいね」
モニター室からの声が響く。
「了解!」
「はい2G!」
腕をあげようとした私は愕然とする。腕が重くて動かない。何か声を出してレポートしようと思うのだが、ハッハッハッと小刻みに呼吸することに意識を集中するだけで精いっぱいだ。
「3G!」うううむ。まだまだ!
「4G!」くくく。まだま…
この時、顔の表面の皮膚がぶるぶるぶると勢いよく小刻みに震えているのがわかった。
「5G!」腹部に力を入れてハッハッハッ!
「6G!」さらに力を入れてフッフッフッ!
「7G!」ああああ~頭が痛い!もうだめ!
ついに人差し指でパネルをタッチした。
その途端、7Gから1Gに突然切り替わった。私の体重にかかっていた重力が7倍からいきなり普通の状態に戻った瞬間だった。
墜落の感覚とカエル顔
G7からG1に急激に切り替わる瞬間に身体がどういう反応をするのか経験した人は多くないと思う。(というかほとんどいないと思う)まさに真っ逆さまに墜落していくようだった。私は恐怖のあまりうわおう~と野生動物のように叫んでいた。その時の映像を後から確認するとばたばたと両手を激しく上下に動かして少しでも浮上しようと必死の形相である。
「はい!お疲れ様です!」
ふらつきながらチェンバールームを出ると航空自衛隊の担当者がこう言った。
「7Gまで行けたのは日本人女性では向井千秋さんに次いで廣瀬さんが二人目ですよ」
(あくまでも2004年9月当時)
宇宙飛行士もこの訓練をする事をその時初めて知ったのだった。先に教えてくれよ~!
カメラマンが言う。
「すごい顔だった。カエルの顔を引き延ばして思いっきり岩にたたきつけたような顔…」
「え?どういう…」
不安な気持ちのまま本社に戻る。映像をニュース用に編集する編集ブース室でテープを再生した私は憮然とした。重力をもろに受けた私の顔は完全に崩壊していたのだ。編集マンが笑いだす。
「つぶれた顔の場面は放送しないから」
むっとした私はそう宣言した。すると編集マンが真剣な顔になってこう反論した。
「この顔がないと重力のすごさが視聴者に伝わらないけど…それでいいの?」
…ああ、どうしてこんな目にあうのだろう。私は深いため息をついて覚悟を決め、重力がかかるにつれて顔がどんどんつぶれていく様子をたっぷり入れ込んだ耐G訓練企画を放送したのだ。
秋分の日の報道フロアには放送の瞬間、「おおお~」という悲鳴にも似たどよめきが起こった。
「廣瀬はついに女を捨てたな」とつぶやくデスクの声が聞こえ、しばらくの間は「防衛ガエル」と陰で呼ばれていたらしい。体重の7倍の重力を受けて、体中至るところに内出血もできていた。
この体を張った企画は今でも航空自衛隊広報が保管しているとのことだ。それを見た他社の若手記者が「あの顔を放送できたのはすごい勇気だ」と感銘を受けていたという。
最初は国会での防衛論議から端を発した耐G訓練企画だったのだが、実際に自衛官の訓練を自分でも体験することで国会論議の空虚さがより現実的に感じられるようになった。国の安全を守る自衛官のプロ意識には頭が下がる思いだ。それにしても巨額の費用をかけるハリウッドの超大作とはいえ、映画の撮影のために「トップガン マーヴェリック」であれほどのGを経験したトム・クルーズはやっぱりすごい俳優だ改めて思う。
その時のテレビ放送した録画しました。まだ持っています☀️
ええええ~~!そう~~なんですか~~!20年前ですよね~~。嬉しいやら恥ずかしいやらです。
コメントいただきありがとうございます。