こんにちは。テレビ記者38年やってました。廣瀬祐子です。きょうは着物の話です。
講談や落語の発表会には着物がつきもの。私が着るようになったのは10年前に茶道を習い始めたことがきっかけですが、着物に関する最大の思い出と言えば、2019年5月18日、東京の明治座で「細雪」の舞台に立った事です!大勢のエキストラの一員として…笑
明治座のイベント発見・細雪
着物を着ていけるイベントを検索していた時に「細雪・着物エキストラ大募集」の告知が目に入る。。条件は「自前の着物を自分で着られること」。応募方法は、着物を着ている写真を送り、書類審査後にオーデイションを受けることで、上演期間中は昼か夜の部に一回エキストラとして出演できるのだという。谷崎潤一郎の「細雪」は昭和初期の大阪の名家の4姉妹を描いた小説で、絢爛豪華な着物のシーンが随所にある。応募するしかない!書類審査の際には舞台上で着る着物の写真を送ることが条件だった。
一切謝礼の出ない着物エキストラの募集人員は100人。明治座にしてみれば、エキストラに支払う出演料や着付けにかかる諸費用が一切かからず、舞台に立ちたいという希望者が自分で着物を着てくるのだから安上がりである。またエキストラにしてみれば「一生の思い出」ができるのだから双方ウインウイン。私は細雪の世界観をくずさないようにと思い、持っている中で一番高価な「友禅と絞り」の訪問着の写真を送り、人生初のオーデイションに参加した。
明治座で行われたオーデイションは「細雪」の四姉妹のうちの三女(人形作家)の展覧会の場面だった。観客としてゆっくり歩きながら展示されている人形を見て回るという動きをテーブル越しに座っている演出家や舞台監督、着物の作法講師等の前で30秒程度行った。ほとんどの参加者は初体験者ばかりだったが、中には今回で3回目の出演!という”細雪エキストラの猛者”がいて周囲の人達に対して「にこやかにうなづきながら歩くと受かりやすいよ~」などのアドバイスをしていた。なるほど!
応募者は200人あまりで2人に1人がオーディションに通った計算だった。
舞台稽古で思わぬ注意
そして1か月後に行われた舞台稽古に参加する。3つのグループに分かれてそれぞれ指示された動きを(セリフなしで)やるのだが、終わってほっとしていたところ、着物マナー講師の女性がいきなりつかつかと私の所へやってきた。
「あなた、一体その着物は何ですか?」
私はぽかんとして講師の顔を見る。
「(主演の)浅野ゆうこさんじゃないのよ。エキストラなんだからもっと地味な着物にしてくださいな!」
周囲の人達がくすくすと笑う。ええ~~!私の着物は派手すぎた?でも”この着物で”書類審査もオーデイションも通ったのに今更そんなことを…?マナー講師はさらに追い打ちをかけてきた。
「それに!昭和初期の女性はそんなショートカットの髪型はしていません!付け毛をつけるか美容院に行って髪の毛もアップにしてきてください!」
ええ~~~?そんなこと事前に一切聞いていないよ~。美容院代が余計にかかる!講師はくすくす笑っている周りのエキストラに向かってもこう言った。
「そこ。そこでで笑っているあなた!あなたもですよ!この時代の女性は髪なんか染めていません!黒に染め直すか、かつらをかぶってきてください!」
場がし~~んとなった。エキストラであっても舞台上に立つからにはちゃんと時代考証をしなければならないのだ。私はマナー講師の女性に近づいて聞いた。
「どういう着物ならいいでしょうか」
「無地の着物は?」
「あります」
「じゃあ無地の着物で」
その後も別日にエキストラごとの舞台上の動きの練習があり、計3回明治座に足を運んだ。
「そうじゃない!足はもっと小股にしてちょこちょこ歩いて!」「もっと驚いたような顔して!」
演出家からの指示が飛ぶ。ただのエキストラ相手に徹底した準備をさせるプロ意識にエキストラのこちらまで気持ちが引き締まる。
2019年5月18当日…
舞台当日
当日は晴天に恵まれた。恥ずかしくてPRしたくはなかったのだが、一人の後輩と友人に話すと大きな花束を持って来てくれた。いよいよ本番!エキストラでも多少は緊張する。大勢のスタッフが幕間に走り回っているのを見て、改めて舞台の大変さを垣間見たような気が下。本番前にかなりの稽古をしたためか、着物の動きはスムーズだったと思う。見に来てくれた友達は「一番自然な演技力だったよ~」と褒めてくれた。セリフもなくただ立っていただけなのに「驚いた時の顔が自然だった」とのこと。
しみじみ友達というのはありがたい存在だと思った。この写真はブログの紹介でも使わせてもらっている。本当にありがとうございます。
後日談
後日、茶道教室の合間にこの時のオーディションのエピソードを面白おかしく話したことがあった。
数か月後に茶道教室の許状授与式の日を迎えた。本部で、知らない生徒さん達がひそひそ話をしている。
「午前のクラスの生徒さんの中に舞台女優がいるんだって!」
「へ~どんな人?」
「知らないけど、細雪の舞台にも出たらしいよ!」
「へ~~すごい!」
ごめんなさい!!それ私のことです。ただのエキストラです!心の中でつぶやいて会場を後にした。
噂というのは本当に真実とは程遠いものである。このタイミングで改めて谷崎潤一郎の「細雪」を読み返すことにします。
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