1993年2月1日の朝、夕方のニュースで扱うネタを探していた私は新聞記事の写真に目を留めた。背中のど真ん中に矢が刺さった状態で水辺に佇む一羽の鴨だった。
写真のタイトルは「ブスリ非情の矢」
何者かがクロスボウを鴨に向けて発射、矢はまっすぐに貫通している。

写真を手にカメラデスクの席へと向かう。
「この鴨の取材に行きたいんだけど…」
垂直に矢が刺さっている鴨を見てデスクが絶句する。
「いや~もう…生きてないよ~」
「一応カメラと一緒に様子を見に行くわ」
カメラクルーと練馬区の石神井川で鴨を探していると、橋の上でカップルが何かを指さしている。近づいてみると…矢が刺さった状態ですいすい泳ぐ鴨がいた!
生きてたんだ~と少し感動する。
撮影しながらカップルにマイクを向ける。
「ひどいことする人がいますよね」憤っていた。
インタビューを撮っていると「板橋区役所」の腕章を巻いた職員2人がワゴン車からゴム長靴を履いて出てきた。彼らは梯子を下りて川の中にじゃぶじゃぶ入り、素手で鴨をつかまえようとする。
手負いの鴨は人間が近づくとすばしこく逃げ回る。必死に追い回す区役所職員VS捕まりそうで捕まらない鴨の追跡劇は20分ほど続いたが、「こりゃダメだな…」と言い、職員たちはワゴン車で引き上げていった。
残される鴨と我々スタッフ。
夕方のニュースに入れる編集時間を考えると帰社の時間だ。放送に間に合わなくなる。どうしようと思ったがカメラマンは「もうすこし絵がほしい」と言う。ぎりぎりまで待っうちに職員たちが戻ってきた。今度は4人で大きな網を両手に抱えている。あきらめた訳ではなかったのだ!無言で川へ降りていく彼らの背中から、なんとかして鴨を助けたいという気持ちが伝わってきた。
そして…呼吸を合わせて4人が一気に網をぱぁっと高く放り投げた。これで捕まる!と思った次の瞬間、予想外の出来事が起きた。
矢の刺さった鴨がバタバタバタッと羽音も力強く川上の方角へと空高く飛び去っていったのだ。
「飛んだ!」「まさか…」

私は呆然として西の空に広がる夕焼けを見つめた。夕焼け空に矢の刺さった鴨のシルエットがみるみる小さくなっていく。はっとする。ぼうっとしている場合ではない!大急ぎで本社に戻り、ナレーションとBGMを入れて編集し、「矢の刺さった鴨」の発見から飛び立つまでを放送した。
「さ~ビールでも…」帰ろうとする私に先輩デイレクターが追いかける。
「明日も引き続きよろしく」
「え?」
「あの鴨がその後どうなったのか、視聴者は知りたいに違いない」
「え~~~?」これがその後も続く鴨騒動の初日になるとは夢にも思わなかった。
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