こんにちは。テレビ報道記者38年やってました廣瀬祐子です。2026年4月29日は昭和に元号が変わって100年。この日武道館で記念式典が行われたので政府主催の式典に参列しました。

当日の様子
天皇皇后両陛下のご臨席のもと、高市総理。木原官房長官、三権の長が壇上に並び、各国大使館員や国会議員、招待された民間人やこれからの時代を担う若い人たち1万人が会場を埋めます。 厳重な警備が敷かれ、マイナンバーカードのチェックや荷物検査を経て着席しましたが、式典開始は2時間後。
やることがない!本でも読むか~と思っていたら、会場のモニターから昭和の時代の生活関連ニュースが次々流れてきました。
戦後、栄養不良の子供達が畑のいなごを取って売り、学用品を買うのに当てていた様子や、子供のおもちゃであろうと刀やピストルなど戦争を想起させるものはすべて神社で燃やされた映像がありました。 経済成長と人口増加で住宅が足りなくなり、団地が高度成長期の日本の象徴となっていく様子や交通網の発達で道路の拡張が間に合わず、子供があわや轢かれるそうになる映像、狭い路地にバスが疾走する映像など初めて見るニュースに見入りました。アナウンサーの言葉遣いも現在とは違っておおらかな表現でほのぼのします。
(年配男性に「おじさんはどう思います?」幼い女の子には「お嬢ちゃんは何買ったの?」と気軽に聞いていました)
ふと気づいたのは生活に特化したニュースだけを扱っていること。
戦争に突入する前の政治状況や戦後の高度成長がもたらした公害、60年安保の混乱と過激派のテロや事件等、社会の暗部にはまったく触れていませんでした。
100年を祝うおめでたい式典だからなのかもしれません。
式典が始まると撮影禁止。式典は撮影せず(式典が始まると撮影禁止でした)
43年前・建国記念日の式典での出来事
ところでなぜ私が福岡からのこのこと東京に出て参列したかといえば国旗や国歌の扱いがどうなっているのかを時代を超えて確認したかったからなのです。…というも過去にこんな経験が…
1983年2月11日の建国記念日。
当時私は中曽根内閣の総理番記者をしており、式典には内閣記者会の一員として参加していました。
会場には国旗が掲げられています。「君が代斉唱。全員ご起立願います」というアナウンスが流れ、政府関係者や関連団体の招待客が起立します。
内閣記者会の席に座っていた私も立ち上がろうとしたところ、両脇からベテラン記者に腕をつかまれ無理やり着席させられます。
「記者は座ってろ!」
なぜ?と思っていると式典後にお説教されます。
「いいか、日の丸君が代は先の戦争で国威発揚のために利用された。我々マスコミもそれに加担した。その反省の上にたって記者は一定の距離を置くべきだ」
なるほど、、、と思う一方、記者といえども私は日本人。一定の距離ってどのくらいの距離?それでは国旗国歌はどうあるべきなの?と答えの出ない違和感を覚えたのでした。
2年後文部省の担当になった際、文部官僚と君が代の件を話題になりました。
「どうすればいいんですか?」と問う私に彼はためいきをつきました。
「国旗国歌に関する法律が日本にはありません。君が代の歌詞が戦争を連想させるというなら『さくらさくら』の歌にすればいいんですかね~。わかりません」
はあ~という彼のためいきは深いものでした。
その後私は警視庁の凶悪事件や特捜部の事件担当となったため、この問題から離れます。
2003年に防衛庁の担当記者となった時、再びこの問題と直面しました。
陸上自衛隊の富士総合火力演習の取材に行きました。(4年前の1999年文科省の指導と日教組の教員の板挟みになった中学校長が国旗掲揚をめぐり自殺した不幸な事件を契機として国旗国歌法が成立。ただし国民への強制力なし)
演習場では演習開始前に国旗となった日の丸が掲げられ「国歌斉唱!」とアナウンスされます。
しかし防衛記者会は一部の記者を除いてほとんどが着席したままでした。
私は立っていいのか座ったままがいいのかうろたえます。すると…一人の記者がこういいました。
「記者は座るんだ。立つと右翼だと思われるぞ」
各国からの招待客や米軍関係者が全員立って日の丸に敬礼しているのに、日本人の記者団は着席。というのは異様な風景でした。

国旗国歌法が成立し日本の国旗と国歌が定められているにもかかわらず尊重するかどうかは心の問題で強制力はない。個人の自由という位置づけの国家国旗でした。国家というのはどういうものであるべきか、日本人の国家観の欠如が根底にありました。戦後の日本は経済成長に突き進みましたが、国のあるべき姿や戦争責任について国民的な議論をすることもなく進んできました。マスコミにも責任があると考えます。日の丸君が代は国旗国歌だが強制力はない=自衛隊は軍隊であって軍隊ではない(憲法上違憲状態だが必要最小限なら認められる)というあいまいさと通じるものがあります。
今回政府主催の昭和100年の記念式典で、国旗国歌に対して参列者がどういう対応をするのかを見るために参列しましたが、結果天皇皇后両陛下の入場の際には全員起立。そして国歌斉唱のときも会場にいた全員が一人残らず起立しました。参列した政府関係者が言いました。
「時代の空気は明らかに変わってきている。」
アクシデント発覚!
ところで福岡に戻って数日後、病院に行こうとしてマイナンバーカードを探したら…
どこにも見当たらない!武道館の会場に入る際、招待状とマイナンバーカードを提示して身元のチェックを受けた際は確かにあった。一体どこにしまったのか全く記憶がない!
東京にいた夫に連絡して心当たりを探してもらうが、
ないものは…ない!真っ青になります。
安全保障教育のありかたを憂慮する前に自分のおっちょこちょいぶりを警戒すべきでした。
すぐにカードを止める電話をして、福岡の警察署に紛失届を出しに行きます。マイナンバーカードは停止すれば悪用される危険は低いと交番の警察官から説明を受けて少しは安心したのもつかの間…
「で、なくしたのは福岡県内ですか?」「いえ、東京都内です」
言ったとたん二人の警察官が顔を見合わます。
え?何か問題でも?
いわく紛失届は全都道府県共通のインターネットで情報が共有されるが、警視庁は例外なのだという。都内でなくした紛失物は別に警視庁にも届けなければならない!
結局また上京して紛失届を出す羽目に…(すべて自分が悪いのですが)そして福岡の区役所でマイナンバーカードの再発行手続きをして…2か月後。
新しいマイナンバーカードが届きました!焦ると失敗するのは必定。くれぐれも忘れ物には注意(それが結論?)
結論
式典の際、海上自衛隊の演奏と歌で昭和の時代を代表する名曲が数曲披露されました。 全部よかったけど、私としては「いとしのエリー」と「なごり雪」も入れてほしかったです。(これが結論)







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